2010年09月27日
正しい伊万里弁の使い方講座⑤
伊万里弁で語るバイのブログ
今日は、伊万里市内のことばのちがいを理解しましょう。

たとえば黒川町黒塩(くろかわちょうくろしお)地区(ちく)と瀬戸町早里(せどちょうはやり)地区は隣(となり)り合(あ)わせですが、両方(りょうほう)のことばには、かなり違(ちが)いがあります。
その理由(りゆう)は、江戸(えど)時代(じだい)に、黒川町は旧(きゅう)唐津藩領(からつはんりょう)、瀬戸町は旧佐賀藩領(きゅうさがはんりょう)だったからです。
今(いま)から400年前(ねんまえ)ごろまでは、黒塩地区のことばと早里地区のことばに差(さ)はなかったと思(おも)われますが、江戸時代になり、領地(りょうち)の境(さかい)を越(こ)えて行(い)き来(き)することがきびしく制限(せいげん)されるようになると、しだいにことばに違(ちが)いが生(う)まれてきました。
「~している」というのを、旧唐津藩領の方言(ほうげん)(以下(いか)、唐津方言という)では、「~しちょる」といいます。
旧佐賀藩領の方言(以下、佐賀方言という)の中(なか)でも旧伊万里(いまり)郷(ごう)・旧有田(ありた)郷(ごう)では、「~しちょー」、旧山代(やましろ)郷(ごう)西部(せいぶ)では、「~しとー」、旧伊万里町では佐賀(さが)市(し)付近(ふきん)と同(おな)じく「~しとっ」といいます。
また、自分(じぶん)のことを、唐津(からつ)方言(ほうげん)では「おり」といいますが、佐賀(さが)方言では「おい」といいます。
明日へ続く。


たとえば黒川町黒塩(くろかわちょうくろしお)地区(ちく)と瀬戸町早里(せどちょうはやり)地区は隣(となり)り合(あ)わせですが、両方(りょうほう)のことばには、かなり違(ちが)いがあります。
その理由(りゆう)は、江戸(えど)時代(じだい)に、黒川町は旧(きゅう)唐津藩領(からつはんりょう)、瀬戸町は旧佐賀藩領(きゅうさがはんりょう)だったからです。
今(いま)から400年前(ねんまえ)ごろまでは、黒塩地区のことばと早里地区のことばに差(さ)はなかったと思(おも)われますが、江戸時代になり、領地(りょうち)の境(さかい)を越(こ)えて行(い)き来(き)することがきびしく制限(せいげん)されるようになると、しだいにことばに違(ちが)いが生(う)まれてきました。
「~している」というのを、旧唐津藩領の方言(ほうげん)(以下(いか)、唐津方言という)では、「~しちょる」といいます。
旧佐賀藩領の方言(以下、佐賀方言という)の中(なか)でも旧伊万里(いまり)郷(ごう)・旧有田(ありた)郷(ごう)では、「~しちょー」、旧山代(やましろ)郷(ごう)西部(せいぶ)では、「~しとー」、旧伊万里町では佐賀(さが)市(し)付近(ふきん)と同(おな)じく「~しとっ」といいます。
また、自分(じぶん)のことを、唐津(からつ)方言(ほうげん)では「おり」といいますが、佐賀(さが)方言では「おい」といいます。
明日へ続く。

タグ :伊万里ふるさと読本より伊万里弁