2010年09月17日
懐かしい風景がよみがえる!⑩
芸術・文化情報のブログ
貞方英嗣先生の絵 第10弾

2代目相生橋の風景です。
橋の左側は佐賀銀行です。
それにしても、当時としては、美しい橋でした。
1代目は、明治17年(1884)、山崎文左衛門、本岡市三郎、本岡佐吉、森永虎蔵、中村千代松などの伊万里町の有志たちの手で木橋が架けられました。
2代目は、大正15年(1926)に鉄筋コンクリート製のすずらん燈の美しい壮麗な橋になり、
老松風情を添え、「眺望比類なし」といわれました。
昭和23年9月11日~12日の推定400ミリと言われる豪雨で、この壮麗な相生橋は、中央から折られ、
一夜にして流されました。
通行不能になった相生橋は、鉄板の仮橋(3代目)が作られ、
昭和48年、現在の橋(4代目)になりました。
現在の橋は、2代目の様に負けないように、
伊万里焼などの装飾が施されています。
そういう歴史があって今の相生橋になっています。

2代目相生橋の風景です。
橋の左側は佐賀銀行です。
それにしても、当時としては、美しい橋でした。
1代目は、明治17年(1884)、山崎文左衛門、本岡市三郎、本岡佐吉、森永虎蔵、中村千代松などの伊万里町の有志たちの手で木橋が架けられました。
2代目は、大正15年(1926)に鉄筋コンクリート製のすずらん燈の美しい壮麗な橋になり、
老松風情を添え、「眺望比類なし」といわれました。
昭和23年9月11日~12日の推定400ミリと言われる豪雨で、この壮麗な相生橋は、中央から折られ、
一夜にして流されました。
通行不能になった相生橋は、鉄板の仮橋(3代目)が作られ、
昭和48年、現在の橋(4代目)になりました。
現在の橋は、2代目の様に負けないように、
伊万里焼などの装飾が施されています。
そういう歴史があって今の相生橋になっています。
『リノベーションまちづくり講演会(第2弾)』のお知らせ
葉書でのお礼
大川町で講演会のお知らせ
「佐賀県こちら知事室です」からの声もありました。
明日「川南造船所跡」浦ノ崎地区公園整備検討委員会
ジャズライブ
葉書でのお礼
大川町で講演会のお知らせ
「佐賀県こちら知事室です」からの声もありました。
明日「川南造船所跡」浦ノ崎地区公園整備検討委員会
ジャズライブ